院長の独り言「荒行」
2008/11/25
今朝も朝から薄っすら雪景色でした。通勤の頃には間もなく雪も解けてしまいますが、近いうちに雪も積もりだすでしょうし、路面の凍結にも気を付けねばなりません。
昨日の夜タイヤをスタッドレスに変えました。後は寒い冬を迎え撃つだけです。さー来い冬っ!
今日は塩沼亮潤(しおぬまりょうじゅん)大阿闍梨様のお話し。
千日回峰行を満行されるお坊さんはそう多くおられません。比叡山で行われるこの荒行も戦後12人を数える方々しかおられません。大峰千日回峰行はさらに過酷な荒行として知られます。
塩沼和尚が修行をされた奈良・吉野の金峯山寺で行われる「大峯千日回峰行」は、比叡山での修行よりも過酷な条件でありながらも、あえて大峰山に挑んだのは少しでも楽な方を選べば必ず後で後悔するだろうという思いから。
夜中の12時前に起床をして準備をし、おにぎり2個と水だけ持って延々歩き続けます。大峰山の山頂から吉野の蔵王堂に戻るのに15時間かかります。睡眠は4~5時間で身のまわりの掃除や準備を含めて全て一人で行います。
高低差1000m以上で季節によっては30℃以上の温度差がわずか5~6時間の間に起こる、このような48キロに及ぶ道のりを5月から9月まで修行にあて、残りの8ヶ月は半分を体力の回復にそして残りの半分は修行に耐えうる体力を養うための期間となるそうです。
こうして9年がかりで千日回峰行を終えた後、真言を20万編唱え続ける9日間の四無行(断食・断水・不眠・不臥)。この際、生葬式の儀式を行い生きながらにして親族・住職の方々とお別れの儀を執り行います。
回峰行の際も常に紐と短刀を常に携帯し、もし修行途中で断念せざるを得ない場合は、いずれかで自ら命を落とさねばなりません。このような過酷きわまる修行をされ大阿闍梨の名を拝されたのです。
最後に100日間の五穀と塩断ちの後、8千枚大護摩供をされました。何度も死の淵を覗き、自らの死臭さえ憶えながら長い修行を満行され、その中で「志を持ち」「微笑みに生き」「素直」と「謙虚」に「利他」を尽くすことの大切さを身をもって実感されたそうです。
吉野の山でこの千日回峰行を満行されたのは1300年の歴史の中でわずかお2人目だそうです。現在仙台市秋保にある慈眼寺にて住職をされながら、田畑を耕し多くの方々とお茶を飲みながら語らうことに喜びと生きがいを感じておられます。
ある患者さんから塩沼大阿闍梨様のことを聞き、すぐに「大峯千日回峰行-修験道の荒行」の本を買って読み、間もなくNHKで「こころの時代 ~宗教・人生 修験の行」を拝見したのが去年の夏頃でした。
インタビュアーは人智を超えたものすごいパワーを得た何かを聞き出そうと、阿闍梨様に興奮気味に問いかけますが、正に自然体でたんたんと荒行苦行の話しをされ、今後の夢も近所の方々と畑でおいしい野菜を作り、皆さんとお茶を飲んで語り合いたいとおっしゃいました。
死の極限をかいくぐって至った境地は、本の中でも紹介されていますが、人間のあるべき姿をわかりやすく自分の経験の中から自然体で気負いなく語られています。
「無理」はだめだと言われます。「理」にかなっていないそうです。しかし、ここ一番では勇猛果敢に行くことも必要だとおっしゃられます。そして、寝て起きて、ご飯が食べられることに感謝でき、野に咲くタンポポにさえ感謝と自己表現に対する尊敬の念をいだけるようになり、また人を心から愛せるようになったとのことでした。
修行で得たものは人智を超えた超能力ではなく、人が人としてあるべき本当の姿に戻ったということ、だから人の言う修行とは、本来楽しく心身ともに健康になれる日々の生活に他ならないということでした。
朝起きて、掃除をして、ご飯をたべ、仕事もしくは勉強をし、お風呂に入り、布団にくるまって寝る。何と豊かでありがたいことか。人生は苦であるとお釈迦様は言いましたが、その苦の中にも感謝があり、楽しむ要素もありそうです。
私も、日々感謝し些細なことに感動できる自分でありたいと思います。
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五輪整骨院
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