院長の独り言(3~4日目)
2011/03/22
電気・水道が止まり、気温も下がってくると、基本的な生活ひとつひとつが困窮していきます。
最低限必要なものは、やはり懐中電灯とラジオ。情報と明かりがなくては、先行き不安でしょうがありません。
案外役に立ったのが目覚まし(電波)時計の明かりです。
土鍋も助かりました。煮物も作れれば米も炊けます。(こんな時、反射板式の石油ストーブはとても重宝します。)
嫁は朝から再び24時間体制で避難所へ…男二人での主夫状態が続きます。
冷蔵庫に残された素材を悪くなりやすいものから順に調理して行きます。闇鍋でもけっこううまいものが作れるもんです。
自宅の中を片付けたり、調理をしたり、徐々に通じ出したメールに返事を返したり(全てが返信されたわけではありませんでした)・・・
相変わらず余震が頻繁に続く中、4日目の朝を迎えます。
3月14日(月)。今日出来ることは何か…親戚や嫁の実家の水はあるのか?
朝食を食べて後、午前中のうちに治療室にあったダイオーズ1ガロン(19リットル)のカラタンクを泉の治療院で水が出ればと思い、出かけました。
途中ほとんど並ばずに給水出来る場所を見つけ補給し、嫁の実家と親戚の叔母のところへ持って行きました。(結局治療室では断水。近くの台原森林公園では2時間以上並ばねばなりません。)
天気の良かったこの日、将監に住む義父が炎天下の中1時間以上も給水所で並んで待っていました。(探し出して車で家まで送る)
300人以上は並んでいたでしょう。そのままでは更に一時間以上は待たねばなりません。
虹の丘に住む叔母のところでは、何故かチョロチョロと水道が出るらしく、取り合えず一杯のおいしいコーヒーを頂いて帰りました。(その後再び断水になり何度か水を運ぶことに…)
その晩9時過ぎ、どうしても気仙沼が気になり車で一旦向かうも(仙台から気仙沼までは約2時間半)、ガソリンの残量と道路状況が分からず(気仙沼市内の橋の幾つかが分断されていたり道路に亀裂があったり)、また不可解な渋滞で前へ進めなかったり(後でガソリン給油待ちの渋滞と知る)…断腸の思いで再び自宅に帰りました。
その晩、ある情報から名取手前にあるスタンドで朝8時から給油されると聞いて、夜中の12時に車で向かい40台目くらいに並ぶことが出来ました。
皆エンジンを切って朝の開始まで静かに待ちます。深々と冷え込む車内で睡眠も間々ならず、余震の度に津波の恐怖も頭をもたげます。
給油を終え、自宅で朝食を取った後、おにぎりをむすんで車に自転車を積み、未だ連絡の取れない気仙沼へと車を走らせました。
この日は気温が上昇。市民会館がある高台に車を止めて、暑い中自転車で親戚宅を回って捜すことととなりました。
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五輪整骨院
住所 : 宮城県仙台市宮城野区五輪2丁目10−8
電話番号 : 022-762-6216
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