院長の独り言(2日目)
2011/03/21
「コンコンコン!…」朝、頭越しにドアのノックの音が鳴り響く中ようやく目が覚めました。(7時半か…夜中の余震で何度も目が覚め頭はクラクラ)
ドアの向こうには、北仙台のH先生が。
「おはようございます!」「あ、おはよう、ご苦労さん。北仙台はどうだった?」「書類が散乱して、これから片付けにいきます」「泉はむちゃくちゃや。実家は大丈夫だった?」…
ご家族の無事を確認して「じゃあ、電気水道が復旧しない内は仕事にならんけど、いつでも出来るようにだけ準備だけはしておいて、頼むわ!」「わかりました!」
その後急いで朝食を食べ(前日に作った闇鍋をストーブで温め、お茶漬けをかき込む)、その後自転車に乗って、息子と一緒に嫁の勤める区役所へ…
この間、メールもとぎれとぎれには入るものの電話は一切通じず、電源はどんどんなくなって行きます。
嫁に(前日から24時間体勢で避難所のお世話をしてたらしい)、私と息子の無事を書置きし、嫁の無事も確認出来たのち、区役所内で携帯を充電させてもらいました。
充電を待ちながら、周りの人達といろんな情報交換を行います。初めて号外の新聞をみて大規模な災害になりつつあることを実感しました。
それでも明るく前向きな話しばかりで終始する人達に、笑いは堪えませんでした。
中には「地震直後に彼氏に電話したら、知らない女の人が出たんです!(笑)」「肝心な時に何してんだろね(笑)」
そんな話しで笑っていながらも、心のどこかでこれからの状況を案じているのは皆同じです。
先に帰った息子に遅れること1時間。充電が終了し、いざ帰ろうと自転車のカギを開けようとするも、朝方教えられた4桁の暗証番号で開いてくれません。
いく通りか試しても結局カギは開かず(携帯の充電は満タンになったものの息子にメールもつながらず)・・・5㌔の道のりを歩いて帰りました(トホホ)
帰宅すると嫁が鍋の残りをすすりながら「明日もあるし、もう寝ます」…翌日も24時間体勢は変わらず、息子が生きていたことに胸を撫で下ろしていました。
津波で流された荒浜には、息子たちの学校が使用する野球部の専用グランドがあります。
震災の日、入試の採点で先生方が早く帰られたため学生たちが練習を切り上げたのが午後1時過ぎ…(2時36分地震の30分過ぎには10メートル級の大津波が…)
本来なら夜9時頃までやってるはずでした。
息子と連絡が取れなかった嫁は、荒浜の津波映像を見るに付け、避難先で支援をしながら一晩中その安否に心締め付けられる思いでいたのでした。
職員の中には、家が流された人や身重の人、保育所に預けた幼子を迎えにもいけずにいる人など多くいました。
それでも大地震直後からの24時間体勢は絶対です…泣く泣く任務にあたる方々が数知れずおられたそうです。
依然、気仙沼や嫁の実家など連絡が取れずに、2日めの夜を迎えます…
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五輪整骨院
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