院長の独り言「中庸とは?Ⅲ」
2009/01/08
「中庸」であるとは、平生から心の水面(みなも)が波風たたず鏡のように静かであり、我が道を行き、惑うことなく芯がある状態と云えましょうか。
オステオパシー療法の中に、「スティルネス」と云う言葉があります。訳せば「静寂」となりますが、治療の中で使われる時には「揺らぎ」の概念も含まれることになります。
揺らぎとは、静寂の中にも心地好く感じるかすかにそよいでいる状態とでもいいましょうか。
一時家電製品に1/fの揺らぎが取り入れられ始めました。「ファジー」という言葉でも置き変えられましたが、扇風機などの風をランダムに送ることで刺激の慣れを防ごうとしたものでした。
「スティルネス」は自然界に存在するかすかな揺らぎです。これは非常に日本人的で繊細な感覚と云えます。日本人は、かすかに聞こえる鈴虫の声や風鈴の音により静寂を感じます。さびの心です。
オステオパシーの頭蓋治療や全身治療の中で、手を当てて膜の制限の開放を待っていると、身体リズムが静止して動かなくなります。これが「スティルネス」です。間もなく力強い正常な身体リズムが誘導され膜の制限が取れて体液の循環が回復していきます。
この「スティルネス」は人間にも自然界にも共通して存在する「静寂」であり「揺らぎ」であり「元」であります。
The origin「原初」いわゆる宇宙の始まりも「揺らぎ」から起こりました。
人間のあるべき「中庸」、それは「心のあるべき基準」と云い換えてもよいのですが、それを自然界のおける1/fの「揺らぎ」に設定すれば解りやすいと思います。
大自然に囲まれた時、畏怖と畏敬と感謝の念に駆られることでしょう。そこからの逸脱は「中庸」にないと云えます。「中庸」という基準があって初めてそこからの逸脱が見えてくるはずです。
「中庸」でいるというのは非常に難しいことだと思います。現在の情報化社会の中で自分を見失った人が多くいます。自分探しをするために旅に出ようとするのもその現われでしょう。そんな時はどこかで自然に囲まれ、静寂に触れる機会を望んでいるのではないでしょうか?
人は自ずと「中庸」を理解していて、いつもそこに戻りたがっているのでは?
このお話し、もう少し続きます。
----------------------------------------------------------------------
五輪整骨院
住所 : 宮城県仙台市宮城野区五輪2丁目10−8
電話番号 : 022-762-6216
----------------------------------------------------------------------


