院長の独り言(波か粒子か?⑤)
2009/10/05
1600年代、ホイヘンスは「光についての論考」で宇宙空間の存在する「エーテル」を媒体とした「光における波動の伝播」(ホイヘンスの原理)を提唱しました。
海の波は海水という媒体があり、音も空気という媒体を通し「波」の性質をもって伝播して行きます。
「光」も「波」だとすれば空気のない宇宙空間には何かしらの媒体があるはずであり、それを「エーテル」と名づけ多くの現象を説明しようとしたのです。
すでに当時、ニュートンにより「光の粒子説」が発表されておりホイヘンスの唱える「エーテル」説は100年以上も埋もれたままの理論でしかありませんでした。
しかし、ヤングが1800年に光の干渉や偏光による「ダブルスリットの通過実験」でもって「光が波である」ことを証明したため、この「エーテル」の概念を再燃させたのでした。
光源から光を二本の縦のスリット(隙間)に通すと、先のスクリーンには縞模様が写し出されます。
これは防波堤に二ヶ所の隙間から波が岸に向って出た場合、波紋が干渉し合って波の重なり部分でより大きな波が断続的に起こるのと同じ現象が、光にも起こることを示す実験でした。
光が持つ「波」の性質を実験上で示されたものですが、これは後にリチャード・P・ファインマンにより「もっとも美しい実験」呼ばれる思考実験に発展します。
ファインマンは、光源を電子銃にして電子を1個ずつ飛ばしてみました。「波」の性質を持つ「光」を粒子の状態で発してみたらどうなるのか?・・・
1961年以降様々な国で実際に実験が行われました。1個の粒子として飛び出した電子は、同時に2つのスリットを通ってスクリーンに届きました(1個の電子が波としての振舞いをした訳です)。
この辺が光の量子たる振る舞いになります。ここからは「量子論」の難解な内容になって行きますが、ここでファインマンは観測装置を片側のスリットにセットし、実際はどちらの隙間を通ったか確認することにしました(これも思考実験です)。
装置をつけたとたん、電子は波の振る舞いを止め全く粒子としての性質を示すようになりました。つまり、観測装置を付けたとたん「光」は「波」から「粒子」に姿を変えてしまったのです(電子は片側だけのスリットを通りスクリーンに縞模様を映さない)。
「光」は普段「波」として振る舞いますが、そこに意識(観測しようとする意思)が働くとその性質を変えてしまうのです(後に実際の実験で証明されます)。
「光は波でもあり粒子でもあるがそこに意識が介在したとたん、その性質を変えてしまう」・・・これが「量子論」の解釈のようです。
ミクロの世界では、物質の振る舞いは不確定で、位置と運動量は同時には予測が不確定である(不確定性原理)と云ったのはドイツのハイゼンベルグでした。
アインシュタインは云いました。「では、月は我々が見たからそこにあるというのか。そんなはずはない。誰が見ていなくとも、月の居場所も電子の居場所も、物理学の法則に基づいてどこか一ヶ所に定まっているはずだ」
ミクロの世界での物質は不確定な振る舞いをする、確立的にしか解らない「出たとこ勝負の未来」で出来ています。それが「量子論」です。
それをアインシュタインは「神さまはサイコロを振らない」と最後まで認めませんでした。
しかし、現在は「量子論」が正しい物理理論として認められています。
難しい理論は専門家にまかせるとして、この原理を我々はどう解釈したら良いのでしょうか?・・・
~ 続く ~
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